部屋の又貸し・転貸で起こりうる問題。建物を担保に貸したお金、回収できる?−裁判・判例から考える。翻訳シリーズ−

こんにちは。リーガルライターの法崎ゆいです。法律をわかるためには、判例を知るのがとっても有効です。

でも、判例って独特の言い回しが多くてわかりづらい……。そこで、むずかしい言葉をわかりやすく翻訳するシリーズをはじめました。


今日は、資格試験で出てきやすい民法の判例です。(判例「最高裁判所 平成12年4月14日 決定」)

前提として、民法においては、度々ややこしい権利関係が生まれます。民法は契約自由の原則をもとに運用されていて、誰とどんな契約を結ぶかを当事者が自由に決められます

だから、たとえば、誰かと約束をしてもその人が別の人と約束したことで自分の約束が優先されなくなるなんてことがあるんですね。

実際、こんなことがありました(まずは概要からご紹介して、そのあと判例の文章を翻訳していきます)。


状況1:お金を借りるために建物を担保にしていた

AさんがBさんにお金を貸していました。

Bさんはそのお金を返す約束をしていますが、もし返せなかった場合に備えて、Bさんが持っている建物を担保にしていました。

担保とは、簡単に言うと、約束を守らなかったときのための保証やあんぜん策です。

たとえば、あなたが友だちにお金を貸すとします。「もし返せなかったら、これをもらう」というかたちで何か大事なもの(ゲームやスマホなど)を売ってお金にするよと決めておくイメージです。

つまり、お金を貸すとき、借りた人が返せなかった場合に備えて、物や権利を使って返済を確実にするための仕組みということですね。


今回、Aさんは、Bさんの建物を使ってお金が返ってこないときにお金を取り戻せる権利を持っていたんです。本件の場合は、この権利は根抵当権というものでした。


根抵当権とは?

ここで、根抵当権のことも、簡単に説明しておきます。

根抵当権とは、何か大事なものを預けて「もし約束を守れなかったら、このものを使って返してください」という権利の1種です。不動産を対象とする担保権です。


普通の「抵当権」は1度だけ使うことができるのですが、「根抵当権」は決められた範囲内で何度も使えます

たとえば、あなたは友人にときどきお金を貸しているとしましょう。

友人は「今月はちょっと足りないから3万円貸して」「来月は返すね」「また5万円必要なんだ」という感じで、くり返し借りてくるとしましょう。

そのたびに「返せなかったらあなたのパソコンを担保にするね」「次はiPhoneを担保にするね」と契約を結び直すのはとても面倒ですよね。

なので、あらかじめ「これからの貸し借りは、ぜんぶまとめてこの家を担保にしておこう」と約束しておくわけです。

このように、何回も貸したり返したりする取引をまとめて保証できるようにしたのが「根抵当権」です。


状況2:建物が又貸しされていた

さて、AさんとBさんのお話に戻りましょう。

Bさんがお金を返さないので、Aさんは、抵当権が設定されているBさんの建物からお金を回収したい状況です。

お金を回収する方法として、Bさんがその建物を誰かに貸しているとしたらその家賃をもらうことができます。あるいは、その建物を売りとばすこともできます。

でも、この建物、実はBさんはCさんに貸していて、さらにCさんはDさんに貸していたのです。

AさんとDさんには何の契約関係もないですよね。でも、その建物に抵当権(=Aさんが回収できる権利)が設定されているわけです。

そこで、CさんがDさんから受け取る家賃を含めて、Aさんが回収していいのかどうかが問題になります。


判例を見てみましょう

「民法372条によって抵当権に準用される同法304条1項に規定する『債務者』には、原則として、抵当不動産の賃借人(転貸人)は含まれないものと解すべきである。けだし、所有者は被担保債権の履行について抵当不動産をもって物的責任を負担するものであるのに対し、抵当不動産の賃借人は、このような責任を負担するものではなく、自己に属する債権を被担保債権の弁済に供されるべき立場にはないからである。」

◇翻訳◇

民法372条は、抵当権にも民法304条(物上代位:担保にしていた土地や建物が売られるなどしてお金に変わったとき、その“お金”にも権利を及ぼせるしくみ)を当てはめると定めています。でも、ここでいう「債務者」には、原則として抵当不動産を借りている人たちは含まれません

なぜなら、建物の所有者は借金の返済を担保する責任を負っていますが、借りている人たちはそのような責任を負っていないからです。

つまり、借りている人が持っている債権(たとえば、別の人に貸したとき貸賃料を受け取る権利)は、抵当権の担保に充てる対象とはならないという考え方です。


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「同項の文言に照らしても、これを『債務者』に含めることはできない。また、転貸賃料債権を物上代位の目的とすることができるとすると、正常な取引により成立した抵当不動産の転貸借関係における賃借人 (転貸人)の利益を不当に害することにもなる。」

◇翻訳◇

条文の文言から見ても、建物や部屋を借りている人を「債務者」に含めることはできません

もし、建物を借りている人(賃借人)が、さらに別の人に貸したときに受け取る家賃を抵当権まで対象にすると、正当な取引としてまっとうに転貸している賃借人の利益を、抵当権のせいで不当に害してしまうおそれがあります。


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「もっとも、所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃貸借を仮装した上で、転貸借関係を作出したものであるなど、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には、その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して抵当権に基づく物上代位権を行使することを許すべきものである。」

◇翻訳◇

ただし、もし本当の所有者が受け取るはずの家賃を減らしたり、抵当権の行使(=担保として建物を処分してお金を回収すること)を邪魔したりする目的で、会社を作ったり借契約を装ったりして、わざと転貸の関係を作り出したような場合には、その借りている人を“ほとんど所有者と同じ立場”として扱うことがふさわしいといえます。

そういうときには、その賃借人がもらうはずの転貸料(=転貸した相手からもらう家賃)についても、抵当権の効力を及ぼせる、つまり抵当権者が「物上代位権」を使って差し押さえることが認められる、という考え方になります。


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「以上のとおり、抵当権者は、抵当不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合を除き、右賃借人が取得すべき転貸賃料債権について物上代位権を行使することができないと解すべきであり、これと異なる原審の判断には、原決定に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。」

◇翻訳◇

原則として抵当権者(お金を回収する立場の人)は、賃借人が取得する転貸賃料債権に対しては物上代位を行使することはできません

ただし、前述のように賃借人を所有者と同視すべき特別な事情がある場合を除きます

原審(前の裁判所)はこの点を誤って判断しており、その誤りは判決の結論に影響する明らかな法令違反にあたります。


結論は……?

いかがでしょうか。翻訳しても、なお、ややこしいですよね。

要するに、裁判所の判断では、原則としてDさんからの家賃を受け取るのはCさんの権利であり、Aさんが自由に回収できるものではないとされました。

ただし、例外もあります。

わざと偽の賃貸契約を結んでCさんからDさんに貸していた場合などです。このときは、転貸賃料=Dさんの家賃も、Aさんは回収することができるとされています。

そういうルールにしないと、BさんやCさんの悪だくみで、あえてAさんが家賃を回収できないようにしてしまえるからです。


まとめ

ややこしいですよね。今回は、お金の貸し借りや、建物を担保にしている判例だったので、身近に感じないかもしれません。

でも、実際には、このようなややこしい状況は、誰にでも起こりうる、めずらしいことではない状況なんです。

なぜなら「契約すること」「約束すること」自体、私たちは日々おこなっていますよね。

誰かと何かを約束しても、その人がさらに別の人と約束して、さらにさらに別の約束をして……という、約束(契約)の積み重ねで、自分との約束は守られなくなってしまうなんてことは、今回のような話に限らないわけです。

自分にも起こり得るんですね。

民法の判例は、とくに自分ごととして考えやすいので、ぜひどなたでも興味を持って勉強してみてください。